私にとっての「星影の人」という作品

星影の人・再演の難しさ  (2)」について

先日も書きましたが、私が「星影の人」を観たのは中学生の時でした。
私にとっては、とてもとても、大切な作品で・・・
前にも書いたことがあるのですが、この「星影の人」という作品に出会うより前に、
私は「沖田総司」という動乱の幕末に生きた夭逝の天才剣士が大好きで、
ちょうどその頃、色々な本を読み漁っていた時期と重なったのです・・・
とにかく、私自身が思春期で、最も「純粋さ」「ピュアさ」というものに憧れた時期でした。
そして、「生きる」ということを、とても純粋に考えた時期でもありました。
そんな時に、「汀夏子の沖田総司」に出会ったわけです。
心が震えました。
私も、今、この時を、一生懸命生きなければ・・・と思いました。
  
「汀夏子の沖田総司」は、それほど、純粋で透明で清清しく、一途で・・・切なかった。

だから、私にとっては、「星影の人」は総司の恋物語、ではありませんでした。
「総司の命」を描いた作品だったのです。

 それから30年近く経って、当時の映像を観せていただいて、今の私が感じたのも、
やはり「星影の人」は「総司の命」を描いた作品だという想い、
あの頃の私は、幼くてもその本質は捕らえていたなと思いました。
 そしてそれは当時よりも、さらに豊かな彩で私に迫ってきました。
 (映像は悪くても・・・ (^_^;))
総司の命が、京の季節の移ろいと重なってゆく。
雨の雫に濡れてキラキラと輝く若葉のような総司
玉勇と出逢って、滴るような青葉が色づきはじめ
命の期限を知って、晩秋の嵐山の紅葉のように自らの命を燃やしてゆく。
祇園囃子、雨音、下駄の音、蝉の声、梵鐘の響き、虫の音、風の音・・・

新選組を描いて、これ程までに、美しく切ない作品はきっと他にないでしょう。
宝塚だからこそ描けた世界だと思います。
そして、柴田先生だからこそ・・・

(つづく)

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この記事へのコメント

  • chacha

    みみははさま、ありがとうございます!
    同じ想いをお持ちの方にコメントいただけて、すごく嬉しい!!今も、♪星影の人の歌を口ずさむだけで泣けてくるくらいですぅ。
    2007年09月28日 21:37
  • みみはは

    この時を一生懸命生きなければ」ホントそうですよね。私にとっての「星影」もchachaさんと同じく思春期特有の「生きるとは」を真正面から問われた、pureな想いを一杯にちりばめた大切な作品でした。続きを楽しみにしていま~す!
    2007年09月28日 10:18

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