け・さら 〜 け・さら

アクセスカウンタ

zoom RSS 柴田作品 −星影の人 − 汀夏子

<<   作成日時 : 2007/09/29 09:45   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

私にとっての「星影の人」という作品」について

柴田先生は、汀夏子という人(役者)の本質を沖田総司という青年に題材をとって表現されたといった方が正しいのではないか・・・と書きましたが、その本質とは何か。

私は、少し前にひょんなことから40年来の宝塚ファンの方とメールでお話しさせていただく機会があり、その方とのメールのやり取りの中で、「汀さんを的確に表現している」と褒めてくださったことがありました、それを引用させていただきます。

汀夏子という人は「炎の妖精」と呼ばれたように、
その【熱さ】が魅力ではあったけれど、
私は、汀さんの最大の特徴は、燃える炎の部分、ではなくて、
炎の真ん中にある【透明な淋しさ】だと思っています。
例えば、総司の寂しさは、
他の方ならそれを形にして演じなければならないけれど、
汀さんの総司は、ただ屈託なく笑っていても、
その笑顔がきれいであればあるほど、
観ている方は切なくなってしまうような・・・
それは、演技以前の、汀夏子という人が非常に深いところに
本質的に持っている淋しさではないかと思うのです。

               

汀夏子の総司は、しばしば、『無邪気な少年のような』と形容されるようです。
この形容詞は正しい、けれど、この形容詞では形容しきれない・・・
この形容しきれない部分を、柴田先生は、「星影の人の沖田総司」で表現されようとしたのだと思いますし、「汀夏子の沖田総司」はそれこそを表現しきったのだと思うのです。

もう一つ、汀夏子というスターのパーソバリティの本質以外に、
役者としての本質がこの「星影の人」という作品の方向性に
大きく関わっていると思うのです。

『柴田侑宏脚本選』というのが発行されているのをご存知と思いますが。。。
(柴田先生自選の脚本を集めたもので、1〜4巻に昭和の作品)
これを読みましても、多くの柴田先生の素晴らしい作品の中でも、
「たけくらべ」と「星影の人」は、そのリリシズムという点に於いては
非常に高い位置を占める2作品ではないかと思います。

先日、初演と再演の芝居の質の違い・・・ということを書いたのですが、
このリリシズムこそが、汀夏子の芝居の大きな特徴だったし、
その影響を受けた当時の雪組の得意とするエリアだったのだと思います。
在団中、歌劇(かグラフ?)の「好きな台詞」というページがあり、
汀さんは、
   「あぁ・・・」
という台詞を挙げられていました、
その短い一言に万感の想いを込めるのが好きだ・・・と。
そんな汀さんだからこそ、柴田先生は、総司が自分の命の期限を知った後の、とまどい、苦悩、怯え、決意・・・そんな諸々の想いを
   「二年か、忙しいな・・・」
とポツリとつぶやく、ただ一言の台詞に集約させた。
(柴田先生の書かれる台詞には、とても重要な 「・・・」がたくさんありますね(^^))
そして、それは十分過ぎる程に、観る者に伝わり
三十年以上経った今でも、その、ぽつりとつぶやいたたった一言が
私の(きっと多くの人の)心の奥の方には、残っているのです。

この作品中のリリシズムについて、もう少し・・・
(つづく)


(先日から他のスターさんのお名前も、ジュンコさんのお名前も「汀夏子」と敬称も付けずに不遜な物言いで申し訳ありません、いつもの、キャー〜ジュンコさんモードでなく、できるだけ、主観に走り過ぎないようにと思ってそうしております。お許しくださいませ)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
柴田作品 −星影の人 − 汀夏子 け・さら 〜 け・さら/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる